横浜市栄区笠間3丁目にある鹿島神社内の富士塚(石碑のみ)
自然地形的には小山上の丘で、富士山の眺めは良かった場所と思われます。
正面右より
- 参明藤開山
- 天祖天神
- 浅間大神
裏面に
- 明治十七申年十月建立
(異体字は常用漢字で記した)
右から
- 扶桑教会丸山社中
- 田立世話人
- (以下、世話人名、省略)...
本殿奥、おそらく富士山が見える方向。常緑広葉樹の深い森が広がっている。
鹿島神社の祭神は健甕槌命(たけみかづちのみこと)。成立年代は確認できず。
同じ笠間町内の青木神社に明治41年合祀、昭和25年再分祀。(人口増加のため)
「田立」は当地の小字名。「たりつ」ではなく「たりゅう」と発音する。
文面解釈をいくつか
「参明藤開山」は富士山を讃える言葉
「天祖天神」は神明社(主神・天照大神)系の言い方。当地にも神明社は存在したが、現在は青木神社に合祀されたまま。
「扶桑教会丸山社中」の「丸山」は丸山講系の意味。「扶桑教会」は明治期に各地の富士講を統合して出来た教派神道系の組織(現在の扶桑教?)の事と思われる。
当地が小山状の丘陵であった事は、昭和28年時の横浜市三千分一地形図でよくわかる。富士山状ではないが、田園風景の中にある独立峰で富士山になぞらえて、富士講をおいたのではないだろうか。この頂上なら富士山は見える可能性が高い(今回は未確認だが)。