Days on the Rove

好事家風情の日常。読書と散歩と少々の酒。

荷風おじさんの散歩論 その2

というわけで荷風おじさんの散歩論第二篇です。

荷風随筆集 上 (岩波文庫)
荷風随筆集 上(岩波文庫)

日和下駄―一名東京散策記 (講談社文芸文庫)
日和下駄―一名東京散策記 (講談社文芸文庫)

※『日和下駄』以外の随筆も掲載されている岩波文庫版がお薦め。
しかも財布に優しいです(笑)字は小さめですけど。

また、青空文庫でも「日和下駄」は読む事が出来ます。チェックして見てください。

荷風おじさんが感慨を受けるものとして以下のようなものを上げています。

  1. 淫祠
  2. 地図
  3. 水・渡船
  4. 路地
  5. 閑地
  6. 夕日・富士眺望

(猫綱注:淫祠とは正統では無い宗教。ここでは明治政府非公認ぐらいにとらえてください)

これらは今でも散歩趣味の中にあるような気がします。曰く...

  1. 淫祠→寺社
  2. 樹→都市の中の植生、自然趣味もここか?
  3. 地図→古地図趣味、地形趣味
  4. 寺→仏像・掃苔
  5. 水・渡船→湧水・暗渠・用水・運河など
  6. 路地→これはいまでも変わらないか
  7. 閑地→これは難しいかな?
  8. 崖→高低差(!)スリバチ!
  9. 坂→坂道・階段
  10. 夕日・富士眺望→眺望系、あえて言うなら富士塚も!

なんだそうやって見ると、荷風おじさんの時代から街歩きの見方は同じようなものなんだな。
まあ現代は近代建築という正統派から、団地だの橋脚だのエスカレーターだのピクトさんだのオジギビトだの、壁、電信柱、給水塔なんてのもいますね。いろいろ趣味が分化している。(グルメ系は街歩きに加えるべきなのか悩みどころですが)
現代は現代の事情に合わせて、現代の風景の中にあるものを見つけて行く力が働いているのだろうなあ...
そういえば、文学散歩は荷風おじさんしていませんね。
文学散歩はどのあたりから始まったのだろう?野田宇太郎あたり?

さて、荷風おじさんの文章を読んで行こう

『...現代の街路をば、歩きながらに昔の地図に引合せて行けば、おのずと労せずして江戸の昔と東京の今と を目のあたり比較対照する事ができるからである』

なんだ荷風おじさんは我々の先達じゃないか!まさしくこれはブラタモリならぬブラ荷風。

『...工場の煙筒の叢り立った大川口の光景は、折々西洋の漫画に見るような一種の趣味に照らして、この後とも案外長く或一派の詩人を喜ばす事が出来るかも知れぬ』

これは工場萌えの出現を予言!
荷風おじさんは江戸情緒しか感慨沸かないような事を言っているのに、実は新しいものにも目が向いているのかもしれないぞ!

『名所古跡は何処に限らず行って見れば大抵こんなものかと思うようなつまらぬものである。 唯その処まで尋ね到る道筋や周囲の光景及びそれに付随する感情等によって他日話の種となすに足るべき興味が繋がれるのである』

荷風おじさんわかっていらっしゃる!
肝は目的ではなく過程であると!

=第二篇終=

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