Days on the Rove

好事家風情の日常。読書と散歩と少々の酒。

第8回かながわ検定横浜ライセンス2級、感想戦4回目[テーマ]

横浜検定2級の間違った問題を再検討。来年につなげ、自分の知識を深めるための感想戦。
ツッコミ・フォロー・コメント・質疑あればなんなりと。
今回は毎年それぞれに設定されるテーマ問題を再検討。

今年のテーマ問題は「横浜港を楽しむ」。
参考図書は「季刊誌横濱2013夏号Vol.41(ISBN978-4-87645-505-8)」テーマ問題と同名の特集

(ちなみに昨年は「横濱とスポーツ」。季刊誌横濱が、同じく参考図書でした)

問86

明治29(1896)年、日本郵船は横浜港と北米のどこの港との定期航路を開設したでしょう。

①シアトル ②サンフランシスコ ③サンディエゴ ④オークランド

横濱2013夏号Vol.41に正解あり。
「大さん橋の完成を待つかのように1896(明治29)年、日本郵船は北米シアトル、欧州、豪州の遠洋航路を開設した(p41)」
「外国航路の自立」「乗船客の大半は移民」「横浜港を大正期まで移民の送り出し港」(同じくp41)

他に
「1898(明治31)年、東洋汽船がサンフランシスコ航路を開いた」(同じくp41)
「1860年代、イギリスのP&O汽船(PO)はロンドンー上海航路を、フランスのメサジェリ・マリティム社(MM)はマルセイユー上海航路の支線をそれぞれ横浜まで延ばした。さらに太平洋では1867年アメリカのパシフィック・メール社(PM)がサンフランシスコー横浜ー香港航路を開設した(p40)」
氷川丸はシアトル・バンクーバー航路ですね。同じ日本郵船の秩父丸(鎌倉丸)はサンフランシスコ航路。
サンディエゴは航路があったのかは不明ですが、横浜最初の姉妹都市ですね(1951)。山下公園の水の守護神像はその際に贈られたもの。
オークランドも航路があったのかは不明。ただ日本人移民は多い町だったようですね。

PO・PM・氷川丸の航路は押さえていたものの、この問題はまったくわからず。
サンフランシスコ・シアトルで悩み、結局主要航路だったサンフランシスコを選択。(回答②→正解①)

ああ、日本郵船歴史博物館に久しぶりに行って、勉強しなくては!

問91

大正12(1923)年の関東大震災で横浜港は大きな被害を受けた。この被害からの横浜港の復旧工事が完了したのはいつでしょう。

①大正13(1924)年 ②大正15(1926)年 ③昭和3(1928)年 ④昭和6(1931)年

季刊誌横浜に記載あり。
「50日後の10月21日には内務省が復旧工事に着手した。港内の静穏を確保するため防波堤から着工した。(略)昼夜兼行作業の結果、大土木工事は1925(大正14)年に2年間という短期間のうちに終了した。(p41)」

あれ?2年??実は続きがあります。

「土木工事の進捗に合わせ、1924(大正13)年から大蔵省が陸上設備の復旧工事を行った。これによって、上屋、倉庫、道路、鉄道、電気設備、起重機などが一新された。(略)1931(昭和6)年3月、こうして横浜港の復旧工事は完了した。」

ちなみにテキストでは「応急仮設工事から開始し、(略)大正14年で一応完成…(p203)」とでています。

2年と覚えていたために、回答できず。結局、当てずっぽうで撃沈する羽目に。(回答③→正解④)

問95

戦後、瑞穂ふ頭がアメリカ軍により無期限使用になったため、替わりに建設されたふ頭はどれでしょう。

①出田町ふ頭 ②山内ふ頭 ③山下ふ頭 ④大黒ふ頭

参考図書に記載あり。
「1950年(略)接収解除運動を積極的に行ったが、進まなかった。このため国は(略)大開施設として出田町ふ頭と高島ふ頭3号さん橋を建設する。さらに瑞穂ふ頭がアメリカ軍の無期限使用になったため、替わりに山下ふ頭の建設が決まった。(p43)」
山内埠頭は震災後。大黒ふ頭は戦後の建設ですね。

接収代替埠頭は出田町と覚えていたので、これも間違い。うーん。
(回答①→正解③)

問97

現在、横浜港への年間客船寄港数は全国1位ですが、何年から全国一位でしょう。

①1973年 ②1983年 ③1993年 ④2003年

参考図書に記載あり(p44)。近年だろうと推測。ごく最近とはおもわなんだ。(回答③→正解④)
横浜が一位になる前はどこが一位の港だったのですかね?神戸??

テーマ問題は素直な問題がおおい印象。参考図書を買って隅から隅まで読めば、答えは必ずあるような気がします。

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