Days on the Rove

好事家風情の日常。読書と散歩と少々の酒。

11.9鬼才の画人谷中安規展1930年代の夢と現実@町田市立国際版画美術館

名称:鬼才の画人谷中安規展1930年代の夢と現実
場所:町田市立国際版画美術館
会期:10.04〜11.24
入場料:¥800
見学日:11.9
図録:有、購入。¥2500

谷中安規は1930年代から昭和前期に掛けて活躍した版画家。内田百間の作品の装丁をおこない、彼から「風船画伯」と命名されたいわれを持つ人物。
もともと木版画が好きなことと、'98に鎌倉近美で開催された「モボ・モガ展」において、藤牧義夫と共に気になった人物(他に写真の堀野正雄)。

モボ・モガ展で見知ったせいか、ずっとモダニズム系・都市系の版画家だと思っていたのだが…

まずは初期の作品。
妄想と名付けられた連作。エロティックでグロテスク。まるで地獄絵のよう。
本人は当時、「眩法派」と名乗っていたようだ。めまいなのかめくらましなのか。
日夏耿之介との関係。ゴシック・ロマンス。日夏耿之介が出した雑誌「奢灞都」の目次縁装飾。解説にはマヴォとの同時性を指摘。なるほどモボ・モガ展…。

「眩 第十一座」という連作。(たしか)ペン画。
地獄絵とサーカスと宗教画をあわせたような感じ。(住んだこともある)朝鮮の寺院建築を思わせる建物の姿。
方向性は全く違うが、ペンのタッチに建築家ブルーノ・タウトのアルプス建築を思い出す。

初期の後半の作品。前半とは線刻の表現法が違う。単純化。
「月に吠える」という作品。禍々しさと静謐さ。好みだな。

「シネマ」という作品。光と影の演出。
スクリーンの明るさ。ほのかに照らされる映画館の壁。映画を見る人々の影。
そういえば映画も光と影の演出。そしてこの時代の産物。

他に、「夢の国の駅」「月」など。
「月」この作品は御茶ノ水駅ホームから見た聖橋っぽくみえる。男たちが月を見上げている。とても静かな風景。

連作「影絵芝居」。死魔の花に翻弄される子と母と夫の物語。
とても悲しい作品。版画の美しさがそれを引き立てている。

連作「少年画集」。おそらく少年時代の追想したもの。空想に彩られながらも懐かしさを感じさせる。

関東大震災後の東京の作品群。曰く「土着と幻想のモダニズム」
連作「街の本」
「シネマ」、「ムーラン・ルージュ」(!)、「渋谷」など
一枚の版木の色つけを変えることで違った風景に魅せている。(目眩ましだ!)

モダニズムのあとには軍国主義の時代が近づいてくる。
作品の中に軍艦らしきもの、大砲のような物が登場する。
芸術家自身も軍国主義の中に囚われていく。「戦争版画集」という作品。

エログロ→光と影の時代とも違う。宗教画のような作品が増えてくる。
谷中安規のような人には生きづらい時代だったのかもしれない。(そして今、その匂いは近づいているような気がしてならない)

内田百間の書籍の口絵。あの苦虫をいつも噛みつぶしているような内田百間と谷中安規につながりがあったとは(笑)

真珠湾攻撃前の作品。もう、谷中安規は夢の中で生きるしかない。
童子図(牛と馬)(鷲)、童子騎象、虎上の吹奏。
エログロも、光と影の演出もない、ただひたすらにメルヘンティック。美しくも悲しい作品。線刻もどこか弱く見える(柔らかいわけではない)

新日本百景(大川端)。1940年の作品。遠くに国技館のドーム。
戦災で失われる戦前の東京の姿がそこにはある。

キーワードとなる(モチーフとまではいわないが)のは裸像・ダンス・蝶・朝鮮・自転車。

エピソードをひとつ。

戦災で焼け出された谷中安規。彼の行方を案じた内田百間は安否広告を新聞に出す。連絡が取れて、生活費を百間は幾度か渡す。渡したのは門下生の平山三郎(あのヒマラヤ山系)。掘っ立て小屋暮らしでカボチャの栽培を試みるが、栄養失調がひどく、1946年9月9日、亡くなっているのが発見される。
谷中安規は戦争に心と体、その二つを殺された版画家だった。

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