藤沢391とは藤沢391街区のこと。
有隣堂藤沢店が入居しているブロックのこと。
「391街区」―― フジサワ名店ビル、ダイヤモンドビル、C-Dビルの3ビルが建つ藤沢駅南口のこの地は、人々からこう呼ばれています。
再開発前、この辺りは日の出町と呼ばれ、391街区は391番地に位置していました。391番地にはみのる百貨店、美栄堂百貨店をはじめ沢山の百貨店や商店があり、また沢山の地権者や借地権を有する建物所有者がおりました。
1962年の「藤沢防災建築街区基本計画」では、この辺りを含む日の出町一帯が区画整理事業および防災建築街区造成事業の対象となり、多くの商店主や地権者は再開発ビルへの移転を余儀なくすることになりました。再開発では地権者間での合意形成がうまく進まず、計画通りに進まない場合が非常に多い中、391街区では、地権者が一体となって協働し、まとまりのある街区の実現に尽力した結果、単なる建築物ではない、街のような回遊性のある、縦の商店街が生み出されました。
「391番地」の名前は現在も「391ビル商店会」という名前で継承され、再開発前の店舗は現在も391ビルの中で営業を続ける等、再開発前の文脈を継承しており、日本の都市再開発の歴史を伝える重要な都市計画遺産と言えるのではないでしょうか。
私たち慶應義塾大学 中島直人研究会 都市計画遺産班(以下都市遺産班)では、この391街区の魅力の発信を通じて、都市計画の歴史を研究し、都市の未来を考えていきます。
今年は3回目の展示。そして最後の展示。非常に残念だけど仕方がない。
(この萌芽が花開くこと切に望みます)
写真、模型、各フロアの店舗推移表、ビデオなど。
説明を受けたけれど、しっかりと調査しているようでいい感じでした。(なんつー上から目線w)
別々のビルで窓の意匠をあわせたり、中庭の動線をあえて中庭に集中させるようにしたり、いろいろ考えて作られたことを感じさせる展示でした。
自分にとっては横浜中心部に見られる防火帯建築と対比させて考えてみたくなりました。
書籍も購入。2000円也。
この本が藤沢391街区にとどまらず、宿場町、地形、(歓楽街も!)をも、調査研究の対象としてある本で、なかなかの読み応え。これからじっくり読みます。
詳細はこちらのHPを見るべし。古い写真も見られます。