Days on the Rove

好事家風情の日常。読書と散歩と少々の酒。

Y市の橋(の跨線橋)

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松本竣介のY市の橋のモチーフの一部になった跨線橋が解体されると聞いて、現地に行ってみました。

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情報ありがとうございます。

pinchrailway.hatenablog.jp


横浜駅のきた通路わきにあった跨線橋。きた通路開通で廃止になった様な記憶。最後に通ったのは2008年ぐらいかなぁ。

Y市の橋については、これらの記事が詳しい。

blog.livedoor.jp

tadkawakita.sakura.ne.jp

トップにあげた写真が松本竣介が立っていた位置と大体同じと思われる。

これらの記事を読むと橋のたもとに個人的に調べている震災復興トイレがあったようだ。残念ながら現存せず。

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松本竣介が絵を描いた位置は金港橋。画題となった橋は月見橋か。

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松本竣介を知ったのは、洲之内徹の気まぐれ美術館だった。 

気まぐれ美術館 (新潮文庫)
 

 

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もう準備工事は始まっている様子。なかなか解体されずに残っていたのに、この風景も本当に最後なんだな…。

そうだ。GX100を購入した頃に撮影した記憶がある。当時のデータがイマイチ残っていないので、探しようもないのだけど…

松本竣介のY市の橋を神奈川県立近代美術館葉山館に見にいった記憶はある。

nekotuna.hatenadiary.jp

これにも書いているけれど、この風景のどこに松本竣介は興趣を覚えたのだろう。以前から不思議に思うことのひとつ。まあ、新宿の現在のバスタ新宿あたりの風景も興趣を覚えた理由はわからないのだが。

とりとめもなく、思いつくままに書いてしまったのは、おそらく解体される物へのノスタルジーだと思う。とりあえず、ここで終わりとする。

 

横浜南部の暗渠転用地下道

横浜市栄区長沼町の線路下の暗渠を地下道に転用したと思われる場所。

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場所はこのあたり。 

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上流側から見たところ。電車が通過中。

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煉瓦の上からペイントされているようだが、古い物ではないのだろうか。詳しい人に聴いてみたい。

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下流側から眺めたところ。暗渠らしい風情。右側は水再生センター(下水処理場)。

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横浜市三千分一地形図・上倉田(昭和21年)より。掲載が復活して本当に感謝です。
なんとなく線路をくぐる部分を地下道に転用したというのがおわかり頂けるだろうか。

さらに同じく横浜市三千分一地形図・下倉田(昭和40年)では。

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流路がよくわかるので、そのうち実際の場所で比べてみたい。
そして現在の下水処理場の場所には養魚場が!このあたりのことも深掘りしたいなぁ。

まだ流路探索も終わっていないし、深掘りもできていないのだが。年始めの暗渠として掲載する。
あらためて、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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