Days on the Rove

好事家風情の日常。読書と散歩と少々の酒。

昭和軽薄体と紀貫之

mediumからの転載・改稿)

そもそもはtweetでこれが出回った件がすべての始まり。

togetter.com

こういう輩は、どこの界隈にもいる、フリーライド&上から目線の連中は。
簡単に堕ちやすい暗黒面なので、自分も気をつけないといけない。

元々のラーメン評論家が反駁文を書いた物があるのだが、これがどうも…。

hants.livedoor.biz

一応リンクは貼ったが読む必要はない。いわゆるおじさん構文で、読むに堪えない。拡張され切った自我が垂れ流されているだけの文章である。

これが椎名誠らの昭和軽薄体と同列とSNS上では論じられているのだが、自分はそうは思えないのだ。

椎名誠の文庫(武装島田倉庫だったか)の解説で、嵐山光三郎が、椎名誠の文学を大男の文学と解説していて膝を打った記憶がある。そもそも偉丈夫で喧嘩が強い男性が、文学に憧れ私小説風の物語を紡ぐことへのテレを隠すために皮肉っぽさと戯画的な言葉として表れたのが、昭和軽薄体ではないだろうか。

…あの反駁文には、安易に内輪だけで通じる言葉と拡大されきった自我しかみえてこない。あれを昭和軽薄体と同列に捉えるのは間違っていると思う。

昭和軽薄体は、本来は紀貫之の土佐日記から連なるものなのではないだろうか。
『男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。』という言葉に仮託したものがあるのではないか。
土佐に在任中に亡くした娘への心の痛みを漢文調では表しきれないと思ったのではないのだろうか。そういう自分の心持ちを笑いでごまかそうとしたのが、土佐日記の文体なのではないだろうか。

つまり、昭和軽薄体の源流は紀貫之の土佐日記である。
自分の心の痛みや、テレを直接表現することができず、カリカチュアライズして表現したのが、軽薄体の本質であると自分は考える。
…という仮説立ててみたい。昭和軽薄体を研究した事例はあるのだろうか。

(おじさん構文は簡単に堕ちやすい暗黒面である。日々自らを省みながら、そうはならないようにしなくてはいけない。難しい戦いではあるのだが。)

 

 

 

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